ウェルスナビの期待リターンはどのように計算されているのか?

先日、ウェルスナビのホワイトペーパーが改訂されました。改訂は2019年4月以来です。運用方針やETFの種類などはこれまで通り維持されており、想定すべきリスクと期待リターンの値が更新されました。

変更は下表の通りです。改訂前を(2019)の列、今回改訂後の値を(2020)の列に記載しています。

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この中で私が注目したいのは、日欧株と新興国株の期待リターンの引き下げについてです。私はウェルスナビのリスク許容度「5」で運用しているので、両者合わせた配分比率が約47%にもなるからです。総資産の約半分が日欧株と新興国株!

ウェルスナビユーザーの方には、「もっと米国株の比重を高めてくれれば儲かるのに」とお考えの方も多いと思います。これまでのところ、米国株が好調で、日欧株と新興国株はずっと低調でした。低調だったので、上記のように期待リターンも引き下げられたのだと思いますが…

日欧株と新興国株の比率が高いのは、上の表の通り日欧株と新興国株の期待リターンがそこそこ高いからです。何故こんなに高いのでしょうか??

今回はウェルスナビの期待リターンがどのように計算されているのかを、素人なりに調べていきたいと思います。

ウェルスナビにおける期待リターンの求め方

ウェルスナビが公表しているホワイトペーパーを要約すると、各ポートフォリオ全体の期待リターンは下記のような計算で求めているようです。

例えばリスク許容度「5」の期待リターンは、1. 各資産クラスの期待リターンに、2. ポートフォリオの配分比率を乗じ、足し合わせて計算します。

  1. 各資産クラスの期待リターンは、資本資産価格モデル(CAPM)に基づき推定される市場均衡での期待 リターン(均衡期待リターン)をそのまま期待リターンとみなしてBlack Litterman モデルに適用することで決定します。
  2. ポートフォリオの配分比率は、ノーベル賞を受賞したハリー・マーコビッツ氏が礎を築いた現代ポートフォリオ理論に基づいて、「リスクが同じなら期待リターンが最も高く」なるように決められています。

今回調べたいのは、上記1の具体的な方法です。

各資産クラス(日欧株とか新興国株とか)の期待リターンは、どうやらBlack Littermanモデルとやらを元に計算しているらしいことがわかりました。

Black Litterman モデル

まず、Black Littermanモデルとは何かを 検索してみましょう。

Wikipediaには、下記のような説明文が書かれていました。

ブラック–リッターマン・モデルは代表的個人の資産配分が利用可能な資産の時価に比例しているという均衡の仮定に立脚しており、オーダーメイドの資産配分をもたらすために、投資家の'view'(つまり、資産のリターンについての特定の意見)を考慮にいれるようになっている。

大きく2つのステップから計算されているということですね。

すなわち、まず「均衡の仮定」により代表的個人の資産配分を計算し、次に特定の投資家のビューを考慮して資産配分を計算しなおすことで、最終的なリターンを算出するということです。

ただ、ウェルスナビでは原則として独自の相場見通しを加えず、市場均衡での期待リターンをそのまま期待リターンとする、と説明しています。つまり2番目のステップはまるごと省略するということです。

Black Littermanモデルの最も大切な部分を省略しているので、単純に市場ポートフォリオの期待リターンを求めればよい、ということになりますね。

 

お市ポートフォリオとは、資本資産価格モデル(CAPM)の中で登場する概念で、すべての投資家が合理的な行動をとっていると仮定すれば、現在市場で取引されている資産の時価は、最も妥当なリスク・リターンの認識を反映したものになっているはずである、というものです。

以下の記事で、投資機会集合というものをご紹介しました。縦軸に期待リターン、横軸にリスクをとってプロットしたものです。本来、期待リターンとかリスクはひとりひとりの投資家がどう認識するかによって異なってくるものですが、もし市場参加者がみな合理的に判断しているならば、それぞれの資産の期待リターンとリスクの最も妥当な値が評価され、その結果として市場の時価総額比率(市場ポートフォリオ)が実現しているだろう、という仮説です。以下では、この仮説に立脚して、期待リターンを計算します。

curvex.hatenablog.com

市場ポートフォリオ(均衡期待リターン)の求め方

 計算の考え方は以下の通りです。

仮に、市場で取引されているすべての資産の期待リターンとリスクがわかっているならば、投資機会集合を描くことができます。具体的にはまだ計算できませんが、イメージとしてこれを描きます。

次に、投資家のリスク回避度という概念を導入します。これは後ほど図で説明します。

最後に、ある仮定されたリスク回避度の下で、リスクに見合う期待リターンが最も高くなるように、市場ポートフォリオを決定します。

 

それではリスク回避度について説明します。以下の図は日経文庫から引用したものです。

グレーで塗りつぶされた「傘」のような部分が投資可能なチャンスの集合、すなわち投資機会集合です。すべてのポートフォリオ はこの集合の中から選ばれます。

実線と点線で描かれた曲線は、ある与えられたリスクに対して投資家が求める期待リターンの水準を表す「無差別曲線」と呼ばれるもので、図中は「I」の文字で表されています。

添え字が二種類あり、A, Bはそれぞれリスク回避度が異なる2人の投資家を意味します。数字1, 2, 3のほうは、期待リターンの高さを変えて描いたもので、当然ですが、投資機会の中で期待リターンが最も高くなるように選ばれるべきものです。その数学的条件は、無差別曲線が、投資機会集合の上辺に接することです。

図ではリスク回避度の異なる2人の投資家の無差別曲線が描かれており、そのうち「A」と書かれたほうがリスク回避度が高く、「B」と書かれたほうがリスク回避度が低いことを表しています。なぜなら、投資家Aは、リスクが大きくなるほど、投資家Bよりも高いリターンを求めているからです。つまり、「こんなにリスクが高いならば、もっと大きなリターンがないと投資できないよ」という投資家の姿勢を表しているというわけです。

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日経文庫「証券投資理論入門」(大村, 俊野, 2000年)より引用

さて、無差別曲線を数式で表すと下のように表現できます。ここで、μは期待リターン、σはリスク、δがリスク回避度で、δはパラメータとして所与のものと考えます。

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無差別曲線とは、何のことは無い、ただの二次関数でした。リスク回避度δは、その二次の係数だということですね。(あくまで数学的なモデルにすぎず、実際の投資家がこの式通りに投資判断を行っているというわけではありません)

ここまでくると、計算上の求め方がハッキリしてきます。すなわち投資機会集合上の点(σ, μ)のうち、上式のVを最大化する点を求めれば、その点が市場ポートフォリオであるということになります。

リスク回避度δはいくらなのか?

このパラメータが決まらないと計算が進まないのですが、いくら検索しても妥当だと思えるような求め方は書いていませんでした。そんな中、ある文献にこんな風にして求めることができると書いてありました。*1

その方法は、「リスクフリー資産の期待リターンと投資機会集合の上辺はただ一本の接線が引ける。その接点ポートフォリオが、市場ポートフォリオに等しくなる」というものでした。

この条件を適用すると、δが以下の数式で計算できます。ここで、接点ポートフォリオの期待リターンをE(R)、リスクをσ、リスクフリー資産の期待リターンをFとします。

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概念図は、また日経文庫から引用しておきます。

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日経文庫「証券投資理論入門」(大村, 俊野, 2000年)より引用

しかしよく考えると、接点ポートフォリオの期待リターンとリスクをインプットしてあげなければδが求まらず、これができるなら市場ポートフォリオのリスク/リターンはすでに求まっているということです。なんだか鶏と卵の問題で煙に巻かれただけのような感じです。

 結局「これで納得」という数値は得られそうもないので、この式を使ってδを求めます。リターンE(R)はウェルスナビのリスク許容度「3」の期待リターンである5.85%、リスクの値は8.6%、リスクフリー資産としては2018年10月から2019年4月までの平均的な米国短期金利である2.35%を使います。その結果、δ=4.75と計算されました。

実際に求めてみた

いよいよ各資産クラスの期待リターンを計算します。計算式の導出は省略しますが、以下の式により求めます。(前述の通り、投資機会集合上の点(σ, μ)のうち、Vを最大化するという条件から計算できます)

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ここでμは各資産クラスの期待リターンですが、資産クラスの数だけ数値が並んだベクトルです。δはさきほど仮定したリスク回避度、∑はリスクと相関係数をまとめた共分散行列、wは各資産の市場ポートフォリオ配分比率(こちらもベクトル)です。

ここで、共分散行列は、ウェルスナビのホワイトペーパーに書かれている数値をそのまま使用することにします。

市場ポートフォリオ配分比率ですが、世界の証券取引所時価総額から求めましょう。ここで再びwikipediaのお世話になります。下表のとおり上位20市場の時価総額が出ていましたので、この数値を参考にwを算出します。

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以上の数値をもとにμを計算した結果を示します。なお、今回は株式部分のみを対象としました。

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本記事最初の表はウェルスナビのホワイトペーパーに書かれた期待リターンでしたが、その値と比べていかがでしょうか。リスク回避度の算出がやや強引だったので、無理矢理合わせこんだ感が強いですが、そこそこ一致しているのではないでしょうか。

 

本当はこの結果をさらに分析して、「ウェルスナビが仮定している日欧株や新興国株の期待リターンは過大ではないのか?」といった問題に切り込んでいく必要があるのですが、それはまたの機会にしたいと思います。

とにかく、理論的には「日欧株や新興国株の期待リターンは、米国株のそれよりも高い」という結論が導けることが確認できました。うーん、不思議だ…

 

*1:A STEP-BY-STEP GUIDE TO THE BLACK-LITTERMAN MODEL