ウェルスナビ 期待リターンの計算方法について(補足)

先日の記事で、ウェルスナビがホワイトペーパーで公開している期待リターンがどのように計算されているのかを探ってみました。

今回、若干補足すべきことがわかってきましたので、追記させていただきたいと思います。

この「期待リターン」の値はウェルスナビが示している将来予測シミュレーションや、ポートフォリオ構築の前提になっているため、とっても重要なパラメータです。

このパラメータがどのような計算で求められているのか、素人なりに解釈した結果は以下の記事にありますので、よろしければ参照してみてください。

curvex.hatenablog.com

超過リターン

前回の記事では、各資産クラスの期待リターンを以下の式により求められることを述べました(投資機会集合上の点(σ, μ)のうち、Vを最大化するという条件から計算できます)。

 f:id:curvex:20200312204617j:plain

ここでμは各資産クラスの期待リターン(ベクトル)、δはリスク回避度、∑は共分散行列、wは各資産の市場ポートフォリオ配分比率(ベクトル)でした。

前回はこのµをそのまま期待リターンとしていたのですが、改めて確認したところ、正しくは「超過期待リターン」とすべきでした。

Black Littermanモデルの考案者の一人であるRobert Littermanらの論文*1がネットで検索できますが、以下のような注釈があることに気が付きました。

Throughout this paper for simplicity we use the phrase ‘expected return’ to refer to ‘expected excess return over the one-period riskfree rate.’

単に「期待リターン」と書いているけれど、正しくは「リスクフリー資産の期待リターンに上乗せされる超過期待リターン」のことだからね、という意味ですが、こんな大事なことを注釈にさらりと書いておくなんて…

というわけで、正しくは以下のように書かれるべきものでした。

f:id:curvex:20200318193138j:plain

ここで、Fはリスクフリー資産の期待リターンです。

うーん、式を修正すると、せっかく前回きれいにまとめた結論も修正が求められてしまいます。

実は、前回は債権やオルタナティブを考慮に入れず株式だけで計算していたという、やましい部分もあったので、この際これらをまとめて解決しておきたいと思います。

ただ、やっぱり素人が思い切りだけでやった計算なので、あくまで「こんな感じなんだなー」程度の感覚でお読みくださいますようお願いいたします。

債権・オルタナティブを含めて再計算

以下の表に、市場ポートフォリオ配分比率を示します。(表中の時価総額は十分に精査されていませんので、二次利用されませんようご注意ください)

f:id:curvex:20200318200621j:plain

米国株、日欧株、新興国株は前回記事で用いた数値をそのまま採用します。

米国債券はWikipedia英語版の記事から、米国財務省証券、モーゲージ証券社債の額を概算で足し合わせて求めました。

金と米国不動産(REIT時価総額)はGoogleでトップに出たサイトから、あまり根拠を確認せず引用しています。

とまぁ、こんな感じで根拠が薄いので、あくまで雰囲気を感じ取るだけにとどめていただき、決して二次利用されませんようご注意ください。

この配分比率を元にあらためて計算すると、以下の表のようになりました。WealthNavi列に記載した数値は、2020年版のウェルスナビホワイトペーパーに記載の期待リターンです。

f:id:curvex:20200318201602j:plain

なお、計算上は以下の数値を仮定しています。

f:id:curvex:20200318193138j:plain

  • F:リスクフリー資産の期待リターン 2.35%(前回記事参照)
  • δ:リスク回避度 4.75(前回記事参照)
  • Σ:共分散行列 ウェルスナビホワイトペーパー記載値

無理矢理合わせこんだ感が強いですが、このように簡単に計算した結果でも、ウェルスナビの想定している値とそこそこ一致しているのではないでしょうか。

期待リターンの別の表現

前回記事でも参考にした日経文庫「証券投資理論入門」(大村, 俊野, 2000年)には、これと同じ計算式が別の表現で載っていました。興味深かったので、この式にも触れてみたいと思います。それはこういう式です。

f:id:curvex:20200318203148j:plain

(記号は本記事に合わせて変えています。)

添え字iは任意の資産クラス(証券銘柄)を表します。RMは市場ポートフォリオのリターン、σMは市場ポートフォリオ標準偏差、E(R)はリターンの期待値(期待リターン)、Cov(R,R)は2証券の共分散を意味します。

さて、右辺第二項の分数はリスク回避度のことでしたので、δに置き換えられます。また、市場ポートフォリオを構成する証券をjで表し、その配分比率をwjとすると、以下のように書けます。

f:id:curvex:20200318203612j:plain

共分散は線型性がありますので、以下のように変形できます。

f:id:curvex:20200318203813j:plain

これで本記事の頭から2番目に示した式と同じになりました。Cov(Ri, Rj)を共分散行列の要素Σijと考えればOKです。それを示したかったのですが、和記号のΣと区別がつかなくなってしまいましたので、断念しました(笑)しょうもない理由ですみません。

日経文庫の説明では、市場ポートフォリオと証券iの組み合わせを考え、これら2資産の割合を変えた時の微分値(dµ/dσ)が、(市場ポートフォリオに一致する点において)資本市場線の傾きに一致するはずである、という仮定からこの式を算出しており、見事だと思いました。前回記事で紹介した二次関数の無差別曲線が出てこないので、人によってはこちらの導出のほうがわかりやすいかもしれません。

資本資産価格モデル(CAPM)

最後の補足です。

これまでBlack Litteremanモデルと呼んできたウェルスナビの期待リターンの求め方ですが、ウェルスナビでは原則として独自の相場見通しを加えず、市場均衡での期待リターンをそのまま期待リターンとする、と説明しています。つまりBlack Littermanモデルの最も大切な部分を省略しているので、これは単なる"Capital Asset Pricing Model (CAPM)"すなわち資本資産価格モデルといったほうがよさそうです。今後、このブログではCAPMと呼ぶ場合があります。

以上、長くなりましたが、ウェルスナビの期待リターンの計算方法を探ってみた記事に関する補足でした。

curvex.hatenablog.com

 

 

*1:He, Litterman "The Intuition Behind Black-Litterman Model Portfolios", 1999