幾何的ブラウン運動とは?

株価変動を数学的にモデル化する際に、「幾何的ブラウン運動」というモデルがよく使われています。確率過程の期間収益を求める際に重要な概念が含まれているのですが、私の理解があいまいだったため、復習を兼ねて記事にしてみました。

株価の日次収益率

幾何的ブラウン運動とは、その変化率が正規分布をなす確率過程によって実現される運動のことです。例えば株価の日次収益率(=日々の変化率)を正規分布とみなす場合が多くありますが、この時の株価の運動は、幾何的ブラウン運動となります。

数式で書くと以下の通りです。株価をSで表すと、収益率はΔS÷Sで表されます。例えば、前日に100円だった株価が101円になれば、日次収益率は1÷100により+1%となります。Nは正規分布を表し、その平均値がμ'、標準偏差がσであることをカッコ内に示しています。記号「~」は、右辺の分布を持つ確率により値が決まるということを表しています。

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下図は、ある期間でのマイクロソフト株の日次収益率です。この図は私が初めて資産運用のことを学んだ本である、「株式投資入門」(井出正介・著、2008年)から引用しました。きれいな正規分布を示しています。

この記事では、株価収益率を正規分布でモデル化することが常に妥当であるかどうかについては議論を避けることにして、そのようにできたと仮定して議論を進めます。

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井出正介「株式投資入門」(2008年)より引用

幾何的ブラウン運動の公式

日次収益率が数式で表現できたということは、これを日々重ねていけば株価の運動も同様に数式で表現できます。数学的には、積分を実行すれば株価の運動が求まるということです。

確率過程の積分なんてできるんだ、ということが驚きでしたが、数学の先人たちがその方法を開拓してくれたおかげです。

さきほどの記号「~」のままでは積分できないので、以下の通り、平均的な収益率をμdt、分布にあたる部分をdB(t)と置き換えます。dB(t)は2式目のように定義しておきます。なお、B(t)のことを「ブラウン運動」と呼びます(頭に、幾何的という用語がつかない)。

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この式を積分すると、幾何的ブラウン運動の公式が以下の通り求まります。

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この式からわかる重要な概念のひとつは、期間収益の平均値がμではなく、μ-σ^2÷2となっている点です。日次収益率の平均値として表れていたμのまま株価が成長してくわけではないということです。

これは次のように考えればわかります。例えば、ある日株価が50%下落したとすると、翌日同じ値に戻るためには50%の上昇では足りず、100%上昇しなければなりません。平均0の正規分布では、+50%と-50%は同じ確率で生じるため、この確率過程が継続すると、株価は下がり続けることになります(平均は0であるにも関わらず)。

もう一つの重要な概念は、期間収益の標準偏差が、近似的にtの平方根(ルートt)に比例する点です。以前下記の記事で 、月次リスクを年間に換算する際にはルート12倍する必要がある、と説明しましたが、その根拠はこの公式にあったということです。*1

curvex.hatenablog.com

数値シミュレーションによる確認

最後に、 幾何的ブラウン運動の公式が本当に収益率の積分になっているのかどうかを、シミュレーションによって確認した結果をご紹介します。

下のグラフは2本の折れ線から構成されていますが、両者がぴったり重なっているのでまるで1本に見えます。太い青線が、幾何的ブラウン運動の公式に従って計算した線、細い薄青色の線が、日次収益率を日々計算することにより求めた線(=数値積分した線)です。2本の折れ線がぴったり一致したので、幾何的ブラウン運動の公式の意味をしっかり確認することができました。

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詳しい計算を説明します。

横軸は時間スケールtで、「年」をイメージしたものです。縦軸はS(t)で「株価」のイメージです。なんとなく、20年間の株価変動のように見えますね。

開始時の株価は100としました。時間ステップであるdtは0.004とし、250ステップで「1年」に達するので、dtは1日にあたると思って構いません。

平均増加率μは7.2%、標準偏差σは12.9%としました。これはウェルスナビのホワイトペーパーに掲載されている米国株の期待リターンとリスクの数値です。リスクの値は米国株全体を表す指数のものですので、個別の株式よりもだいぶ小さなものです。個別株だともっと上下に暴れると思います。

グラフをよく見ると、最初の3年はほとんど横ばいに見えますが、そのあとはきちんと期待リターンに沿って上昇しています。つまりこのくらいの一時的な低迷は想定された確率過程のうちなんだ、ということが理解できます。

 

*1:厳密には「対数収益率」の標準偏差がルートtに比例しますので、期間が長すぎると近似が成立しなくなります。