ウェルスナビの手数料は本当に高いのか?

ウェルスナビの運用には、現金部分を除く総資産額の1%(+消費税)相当の手数料がかかります。手数料は日割りで計算され、毎月最初の営業日に前月分の手数料が引き落とされる仕組みとなています。

この手数料が「高い」という意見を多く聞きます。もちろん手数料なんて安いに越したことはないので、いくらであっても「高い」という意見はでてきます。それはそれとして正しいのですが、「高い」で終わりにしてはつまらない。ということで、ウェルスナビの手数料が本当に高いのかどうか、その定量的な評価がどこまで可能か、あくまで独自研究に基づいて考えてみました。

 

1. 手数料の定量評価を行う方針

一般的にモノやサービスの値段は、原価に適正な利潤を上乗せすることにより決めるアプローチと、競合製品や代替手段に負けないように決めるアプローチがあります。ウェルスナビのように、競合や代替手段が数多くあるようなサービスでは、後者のアプローチをとることが適切でしょう。

そうすると、まずは競合サービスや代替手段を定めて、これらのサービスを利用した時よりも安い手数料になっていれば、「ウェルスナビの手数料は安い」ということができます。逆に、競合や代替手段よりも高い場合は、「ウェルスナビの手数料は高い」という評価になります。

それでは競合や代替手段はどのように定めればよいのでしょうか?

ここでは、STP分析を用いてターゲット顧客を絞りこむことで、そのターゲット顧客が選択し得る代替手段を特定します。代替手段は数多く存在し、考えればキリがないので、今回はそのうちひとつを選ぶことにします。その意味で、すべての場合を議論しようとしているわけではないことに注意してください。

次に、代替手段に対してウェルスナビが優位性を発揮できる点を複数挙げ、これらによって顧客が受ける利益を定量的に評価します。この金額をウェルスナビの提供価値と呼んでおきます。

最後に、ウェルスナビの手数料率がその提供価値を下回るかどうかで、手数料が本当に高いのかどうかを評価する、という順番で進めたいと思います。

2. 対称とするターゲット顧客

それでは早速、STP分析でターゲット顧客を絞り込みます。STPとは、Segmentation、Targetting、Positioningの頭文字で、マーケティングではよく使われる手法です。具体的には、市場全体を細かくセグメント分けし、どのような顧客を主なターゲットとするかを決めます。多くの場合、最初から全方位戦略をとることは現実的ではなく、まずどこからマーケットに入っていくかを絞り込む必要があるため、このような手法が使われます。その上で、競合や代替手段に対する差別化ポイントをポジショニングにより明確化していきます。

さて、市場をどのようにセグメント分けするのが適切なのでしょうか。本来、これは経営サイドでしか決めることができないものであって、私のような部外者が決めることではないのですが、そうするとウェルスナビの手数料が高いのかどうかを評価するという目的が果たせなくなるので、敢えて私なりのセグメント化を行ってみます。

下図が私なりのセグメンテーション結果です。市場には「これから資産運用を行いたい」と考えている人々が大勢いるはずで、彼らが対象となる全体市場です。

この全体市場をまず「自力で資産運用を行う知識がある」「ない」で大きく分けます。知識がない人というのは、つまり資産運用初心者ということです。

次に、「自力で資産運用を続ける意思」でさらに分けます。知識はあっても本業が忙しいなどの理由で、「できれば誰かに任せたい」と思っている潜在顧客はいるでしょう。ほかにも、自力で運用を続ける意思はあるけれど、きちんと続けられるかどうか不安に思っている、という人々もいるはずです。もちろん、「自力で資産運用を行う自信がある」という人もいます。

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それでは、今回議論したいターゲット顧客を絞り込みます。

まず思いつくのは「資産運用初心者」ですかね。彼らは間違いなくウェルスナビのターゲット顧客です。資産運用の知識がないわけですから、数問の質問に答えるだけで、理想的なポートフォリオを決めてくれ、資産運用にかかるすべての手続きを代行してくれるウェルスナビにとってのメインターゲットともいえます。

この場合競合となり得るのは、THEOなど、同じロボアドバイザーでしょう。ウェルスナビはそのわかりやすい運用方法を、テレビCMやアフィリエイトの仕組みを使ってうまく訴求することができたため、数あるロボアドバイザーの中でも競争優位な立場を築くことができました。

競合サービスの多くも手数料率が年1%となっており、ウェルスナビとほぼ横並びです。したがって、このような潜在顧客層に対して考える限り、「手数料は高くはない」という結論が導けそうです。本記事ではこの顧客層に対する手数料の評価はここまでにしておきます。

次に、資産運用を行う知識があり、自力で運用を継続する自信がある潜在顧客層について考えます。しかし、彼らはおそらくウェルスナビの顧客にはならないでしょう。手数料の1%はどう考えても魅力的には映らないと考えられるからです。

最後に、資産運用に関する知識はあるけれど、自力で運用することに消極的な潜在顧客を考えます。この顧客層を、今回手数料率の妥当性を議論する際のターゲット顧客と定めて、これから掘り下げてみたいと思います。資産運用初心者も、いずれ知識がついてきて、その多くがこのセグメントに入ってきます。その時、彼らをウェルスナビの顧客として引き留めることができるかどうかは重要な課題です。そのためにも、この顧客層にとっての手数料率の妥当性を評価しておく価値はあると思います。

3. 代替手段の決定

前項でターゲットとした顧客層は、やろうと思えば自力で資産運用をする知識があります。しかし、なるべく手間をかけたくないと考えていたり、あるいは毎月積立の手続きができるかどうか不安に思ってるような顧客層です。

例えば、きちんと銘柄分散をして、毎月決まった額を積み立てて、長期で資産を形成しようと考えていたとしても、ある時たまたま相場が急落していたとしたら、買い付けの注文をためらってしまうかもしれません。資産形成のため本人にとって決して少なくない金額を積み立てるわけですので、注文ボタンをクリックする緊張感はなかなか想像できるものではありません。しかし急落時に注文をためらってしまえば、おそらく買いのタイミングを逃します。そして一度でもこのようなことをしてしまうと、きっと翌月も注文はできず、うやむやのうちに資産形成の計画が消滅してしまうでしょう。

あとは、他に魅力的に見える投資手法を見つけてしまい、心が揺らいでしまうということもあるかもしれません。子供のころ、「夏休みの宿題は計画的にやろう!」と意気込んでいても、その通りにできたという方は多くないのではないかと思います。長期資産形成も似たような側面があると思います。

 ウェルスナビがこのような潜在顧客に訴求できるポイントとして、人の感情に左右されることなく、投資理論を武器に機械的に注文を執行できるという点があります。

さて、今回は資産運用に関する知識がある顧客層を考えているので、ウェルスナビの代替手段について検討しておく必要があります。きちんと銘柄分散をして、毎月決まった額を積み立てして、長期に運用したいと考えている潜在顧客は、ウェルスナビのポートフォリオと厳密に同じではなくとも、同様のポートフォリオを定期買付すればよいということに気が付くはずです。

例えば、SBI証券の海外ETF定期買付サービスを利用すれば、証券口座の設定や定期買付サービスの申し込みなどは必要ですが、一回それを設定してしまえばウェルスナビと同じような資産運用が実現できます。

他にも、楽天・全米株式インデックス・ファンド(通称、楽天VTI)なども代替手段になり得ると思います。ウェルスナビの投資対象すべて(債権、金、不動産含む)がそろっているわけではないのですが、国内投資信託なので1円単位から積立設定が可能です。

ここでは、SBI証券の海外ETF定期買付サービスを代替手段として位置づけます。

4. 代替手段に対するポジショニング

代替手段を「SBI証券の海外ETF定期買付サービス」と位置付けました。これに対してウェルスナビがどのような点で競争優位性を発揮できるでしょうか。

私は、以下の3点が挙げられると思います。

  1. 自動リバランス
  2. 自動税金最適化(DeTAX)
  3. 運用状況可視化

定期買付サービスがあくまでひとつひとつのETFを毎月定額購入するのに対し、ウェルスナビの自動リバランス機能は、ポートフォリオの配分比率を常に最適な状態に維持してくれます。その過程で、価格が低下している資産を多めに買い付けることになり、結果として安い価格で購入できる可能性が高くなります。

税金最適化は、資産クラスの損失を確定させることで、税金を将来に繰り延べることを実現させる機能です。

運用状況可視化は、過去実績や現在のポートフォリオをわかりやすく図案化してくれる機能です。

それぞれ、詳しくはこちらの記事も参考にしてみてください。もちろん、ほかにも訴求ポイントはあるかもしれません。

curvex.hatenablog.com

5. 代替運用に対する改善効果の実証的評価

それではいよいよ、代替運用に対してウェルスナビがどれだけ多くの利益をもたらしてくれるかを定量評価してみましょう。

下表がその結果です。項目ごとに、ウェルスナビが代替手段に対して、総資産額の何パーセント相当の利益をもたらしてくれるかをまとめました。

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①自動リバランス

以下の記事で2019年の1年間に対して評価した結果を示しています。ここでの結論は、平均的に0.2%相当の利益が見込めるというものでした。細かく評価すると、0.23%になっています。

curvex.hatenablog.com

②自動税金最適化(DeTAX)

こちらも以下の記事で、2019年のDeTAXにより、0.36%のコスト低減効果があったことをまとめています。

curvex.hatenablog.com

ここまでが 、ウェルスナビが毎年平均的にもたらしてくれるであろうと期待される提供価値です。その合計は約0.6%でした。

したがって、手数料率として妥当な水準は0.6%程度であるというのが、この記事でのひとつの結論です。実際にかかる手数料は1%+消費税である1.1%ですので、やはりウェルスナビの手数料は高かった、という結論が導けるのではないかと思います。

なお、2019年末時点では、自動リバランスによる改善効果がさらに0.23%上乗せされています。現時点で私は、この上乗せ分は偶然によるものだろうと評価しているので、特殊要因とさせていただきました。

それから、SBI証券で定期買付するときにも手数料がかかります。これを無理矢理、総資産額に対するパーセントで求めると約0.21%でした。ただし買付手数料は購入時に1回かかるだけなのに対し、ウェルスナビの運用手数料はこれからも総資産額に対して1%がかかり続けます。今回の0.21%という比率は将来限りなくゼロに近づくと予想されるため、やはり特殊要因と評価しました。

特殊要因まで含めると、ウェルスナビの提供価値は約1%で、2019年に限っては、1%の手数料を支払っても、代替手段に対して互角の運用ができた、という結果になっています。

③運用状況可視化

3つ目の訴求点について触れていませんでした。しかしこれは定性的なもので、人によって評価が変わるものだと思います。この機能に0.5%分の価値があると思う方にとっては、①~③を合わせたウェルスナビの提供価値が1.1%相当になるため、手数料率1.1%は妥当、ということになります。

しかしこういった定性的な利益は、できれば顧客を囲い込むための守りの手段とすべきではないかと、私は思います。

6. 補足コメント

今回はとても長い記事になってしまいました。最後までお読みいただいた方にお礼申し上げます。長くなってしまったので、最小限の補足だけさせてください。

  • 今回私が評価できたのは、2019年の1年間という極めて限定的な時間スケールでの評価ですので、今後評価が変わる可能性は大いにあり得ます。
  • 代替手段も、ある程度積立額を大きくとらないと実現できないこともあるので、人によっては適切な代替手段が見つからない、というケースもあり得ます。
  • そもそも論点として漏れている項目があれば、また異なった結論に至ります。これらはあくまで私の独自研究に基づくものであり、正確さを保証するものではないことをお断りさせてください。
  • ウェルスナビの定性的な訴求点として、運用方針をオープンにし、それを定期的に見直してくれているという点も見逃せないと思います。今後の経済情勢次第では、配分比率だけではなく、そもそも保有すべき銘柄、資産クラスの見直しもあるかもしれません。なんといっても、顧客数28万口座という安心感は、多くの人にとってメリットになると思います。
  • 最後に、ウェルスナビの競合サービスであるTHEOは、ウェルスナビでいうところの長期割である「THEO Color Palette(テオ カラーパレット)」という仕組みをもっていて、手数料が最大で0.65%まで割引されます。本記事の結論「妥当な手数料率は約0.6%」に近い水準であり、サービスとして先行している状況です。ウェルスナビも対応を迫られているのではないかと考えられます。