ウェルスナビの投資理論は暴落相場に耐えられるのか

100年に一度の暴落相場と言われたリーマンショック。現在進行中の暴落相場であるコロナショックは、そのスピードだけ見ればリーマンショック級であると言われています。ウェルスナビが採用している米国株ETFであるVTIの、リーマンショック時の月間最大下落率は17.48%でした。3月途中の集計なので単純比較はできませんが、現時点での月間下落率は20%程度と、リーマンショック時を上回っています。*1

100年に一度の暴落が10年ちょっとで再来するとなると、ウェルスナビの投資理論も破綻していないかどうかと心配になる方も多いのではないかと思います。

そこで今回は、頻繁に起こるはずのない暴落が発生し得る場合、すなわちウェルスナビの投資理論で採用されている「正規分布」の前提が崩れた場合のモデルを用いて、将来利益がどうなるかを計算してみることにします。

この計算で将来利益が同じように達成できるならば、何も心配はいりません。今の下落相場には「ひたすら耐える」という行動が正解となります。果たして結果はどうなるでしょうか??

 

正規分布に現れない暴落相場 

ウェルスナビの投資理論は、月間のリターンが正規分布に従うという前提に基づいて構築されています。

よく言われることですが、正規分布では大きな上昇、下落が起こる確率を過少に評価する傾向にあります。以下の図は、「投資の科学」(マイケル・J・モーブッシン、2007年、日経BP)から引用したS&P500指数の日次のリターン分布です。実線が実際の日次リターン、点線が実際を最もよく表す正規分布を、それぞれ標準偏差の単位で描いたものです。

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マイケル・J・モーブッシン「投資の科学」(日経BP, 2007年)より

中央付近の不一致がよく目立ちますが、今回特に注目したいのは8標準偏差とか9標準偏差に実際のリターンが分布していることです。正規分布ではこのような「テール」部分の現象が発生することはほとんどありません。有名なシックス・シグマとは、6標準偏差のことですが、発生頻度は10億分の1です。

前述の「投資の科学」では、1日で20%も下落したがブラックマンデーのことを以下のように伝えています。 

たとえ宇宙の始まりの日から毎日取引が行われていたとしても、ブラックマンデーのような暴落が1日のうちの起きる確率はほとんどない。 

   ~ ロジャー・ローウェンスタイン

 

3月16日の当ブログの記事で、2月14日から3月13日の4週間で集計したところ、下落率は22%に迫る水準でした。

curvex.hatenablog.com

 ウェルスナビのホワイトペーパーによると、米国株の標準偏差は12.5%です。正規分布に従うならば、月間の標準偏差は約3.6%となるので、22%も下落するということはおおむね6標準偏差の現象が起こってしまったということです。任意の4週間で発生する確率として計算すると、(1年は52週間あるので10億分の1を52倍することにより)「2000万年に一度」の暴落が、最近起こったという計算になります。

もちろん、本当に「2000万年に一度」の現象が起こったはずはなく、これは正規分布を用いた計算の限界が露呈したということに過ぎません。

より裾野の大きい、ロジスティック分布

それでは正規分布ではなく、もっと裾野の大きな分布を使って計算すればよいではないか、と考えられます。

例えば、以下の式で表されるロジスティック分布というものがあります。f:id:curvex:20200320210800j:plain

ここでμは分布の平均値、sは標準偏差を規定するパラメータです。

下図に正規分布との違いがわかるよう、分布図を示します。はじめの図はリニアスケールで、次の図はログスケールで描いています。なお、後の計算で使用するため、どちらも標準偏差が0.289となるように描いています。

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ロジスティック分布は正規分布に比べて、中央付近と両端(テール)部分の頻度が相対的に高く、2標準偏差付近の頻度が相対的に低くなっています。

さきほどの「投資の科学」にあった実際のリターンの頻度に近づいていますね。

上図の左右両端は±1.5ですが、これは概ね5標準偏差(5σ)に相当します。このような極端な変動が、ロジスティック分布は正規分布の100倍以上高い頻度で表れていることがわかります。

さて、このロジスティック分布を使って計算すると、ウェルスナビで30年間運用した結果としての資産総額はどうなるでしょうか?正規分布を前提にした計算よりも、資産総額が明らかに小さくなってしまうという結果になれば、「ウェルスナビの投資理論は破綻しているかもしれない」という評価が下せます。一方、もし両者に差異が認められなければ、暴落相場は頻繁に発生するけれど、長い目で見れば運用結果に差は出ない、という評価になります。

では、計算してみましょう。

ロジスティック分布を使った将来予測

残念ながら、ロジスティック分布を元にした確率微分方程式を見通しよく計算する理論はないようです。

そこで、以前の記事で作成したモンテカルロシミュレーションを流用することにします。その具体的な計算方法は以下の記事を参照してください。

curvex.hatenablog.com

 

今回はこのシミュレーションフローのうち、 確率を生成する部分のみを以下のように変更します。

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X(t)は0~1の一様乱数です。標準偏差が0.289となるよう、パラメータsを上式の通り設定しました。

一様乱数からロジスティック分布を得るためには、累積分布関数がわかっていればその逆関数から上式の通り求めることができます。(正規分布の場合は、累積分布が初等関数で表せないので、ボックスミュラー法などの特別な方法で求める必要がありました。)

今回変更した乱数dB(t)が、ロジスティック分布の理論に従っていることも、下図の通り確認できました。

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それでは30年分の計算結果です。

今回も30年間の運用を1万回試行して、得られた対数収益率の平均値を「50%の確率で達成できる金額」とみなして計算しています。なお、積立は設定しない場合の評価としました。

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まずWealthNavi将来予測とは、ウェルスナビの無料診断を行うと提示してくれる予測値です。この値は、ホワイトペーパーの2020年2月改訂前の条件で計算したものですので、現在は多少異なる結果が表示されると思われます。

その右に正規分布を仮定して計算した結果を示します。ウェルスナビの予測値とほぼ同じ結果が得られることが確認できました。

一番右側は、ロジスティック分布を仮定して計算した結果です。正規分布に比べて若干小さくなっていますが、これは乱数の選び方に起因するもので、上下数万円程度は振れ幅があることがわかっています。

従って、結論としては「正規分布でもロジスティック分布でも、30年の運用結果に有意な差を与えない」ということが確認できました。

結論

ウェルスナビの投資理論は、毎月のリターンが正規分布することを前提に組み立てられています。正規分布は今回のコロナショックのような暴落相場が発生する確率を過少に評価することがわかっています。

そこで、正規分布ではなく、より裾野の大きなロジスティック分布を用いて評価したところ、長期で運用した結果としての資産総額に影響を及ぼすことはないことが、シミュレーションによって確認できました。

従ってウェルスナビの投資理論は、長期運用を前提とする限り、今回の暴落相場を踏まえてもなお有効であると言えます。すでに暴落の影響を受けてしまったという方は(私も含めて)、狼狽売りで戻り益を取り損なうことのないよう、しっかり積立を継続するようにしましょう。

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