ウェルスナビの将来予想シミュレーションを探る(その1)
ウェルスナビで無料診断を受けると、以下のようなグラフが出てきます。おそらくウェルスナビで最も印象に残る図ではないでしょうか。ウェルスナビユーザーの方でも、「ナビゲーション」画面から「将来予測」タブを押すといつでも確認できますし、目標額を変えて達成確率をチェックすることもできます。
下図の例は、「リスク許容度5」の場合、当初100万円で積立をせずに30年間運用した場合、50%の確率で433万円以上になるという将来予測です。しかも70%の確率で283万円以上など、確率的振れ幅もわかりやすく、ウェルスナビで資産運用を始めたくなる良い図だと思います。
ただ、「これってどこまで信じてよいの?」という疑問をお持ちの方も多いと思います。「将来は不確実」ということは前提としても、50%とか70%とかの確率が書かれているので、何らかの根拠はあるはずです。本記事ではこのグラフを「将来予測シミュレーション」と呼ぶことにして、計算の背後にあるロジックを探っていきたいと思います。
検証方針
ウェルスナビの将来予測シミュレーションがどのようなデータとロジックに基づいているのかを検証し、その実現可能性を評価することを目指します。今回は「その1」として、積立がない場合を扱いたいと思います。
さて、ウェルスナビのこの将来予測には、注記として「毎月の収益率が正規分布することを前提に計算されています。」と書かれています。つまりこのグラフは、月次の期待リターンと標準偏差がわかれば、あとは計算により描くことができます。このように、その変化率が正規分布に従う過程を幾何的ブラウン運動と呼びます。幾何的ブラウン運動については下記の記事も参考にしてください。
本記事における将来予測シミュレーションの検証は、まずこのグラフを再現する最も妥当な「月次期待リターンと標準偏差」の値を推定することからはじめます。
その後で、推定されたパラメータがどういう根拠に基づいているかを確認します。本グラフの注記には「当社モデルにより推計された期待リターンとリスク水準に基づき」と書かれており、そのモデルはホワイトペーパーを参照してほしいと書かれています。つまり、推定された期待リターンと標準偏差は、ウェルスナビのホワイトペーパーで説明されているはずです。
最後に、この数値が実際に実現可能なのかどうかを、私の運用結果(25か月間)に基づいて評価していきたいと思います。
パラメータの推定
それでは早速、パラメータの推定からはじめます。
月次のリターンが、平均値μdt、標準偏差σの正規分布に従うとき、その資産価格S(t)は以下の幾何的ブラウン運動で表されます。以下、tは「年」のスケールを持つと想定してください。つまり、tに30を代入することで、30年後の資産価格Sを求めることができます。
幾何的ブラウン運動は、対数収益率であるlog(S(t)÷S(0))もまた、正規分布をなすという特徴があります。このことは、対数収益率の平均値を達成できる確率が50%であることを意味しています。
では30%や70%の確率で達成できる対数収益率はどのように求めればよいのでしょうか?
正規分布では「-σから+σの間に入る確率が約68%である」ということを知っている方は多いと思います。標準正規分布表を用いれば、このほかにも様々な確率を求めることができます。試しに「標準正規分布表」で検索してみてください。この表を読むと、0.52σの数値が19.85%、0.53σの数値が20.19%と書いてあります。つまり、だいたい-0.525σから+0.525σに入る確率が40%ということになります。したがって、その両側にはみ出す確率がそれぞれ30%ということです。
言い換えると、30%の確率で+0.525σを上回り、70%の確率で-0.525σを上回るということです。
日本語では難しかったと思いますので、式にまとめておきます。Tはここでは30(年後)だと考えてください。B(t)の標準偏差が√(t)であることを用いました。
さて、本記事の最初のグラフに示した通り、ウェルスナビは「30%の確率で665万円以上、50%の確率で433万円以上、70%の確率で283万円以上になる」と主張しています。
つまり、上の3つの式をそれぞれ665万円、433万円、283万円に等しいとおいて、これらの方程式を解くことによって、パラメータμとσを求めればよいということになります。
厳密に計算することもできますが、今回はだいたいの雰囲気で推定してみました。その結果、μが6%、σが14.9%あたりだと、いい感じになります。
この数値で幾何的ブラウン運動のグラフを書かせると、以下のようになり、ウェルスナビのグラフとほぼ一致することが確認できます。
ウェルスナビホワイトペーパーとの比較
前項で、ウェルスナビの将来予測シミュレーションで採用されている幾何的ブラウン運動の期待リターンμは6%だということがわかりました。
ちょっとわかりにくいのですが、これを年率表示すると6.16%程度になります。それは以下の計算によります。これはあくまでも月次リターンの年率表示であることに注意してください。μ=6%で1年間運用すると6.16%になるという意味ではありません。ここで、dtは1か月のことなので、1÷12=0.0833となります。
さて、この6.16%という数値はホワイトペーパーで想定されている期待リターンの数値と一致します。詳しくは以下の記事で説明していますが、ウェルスナビのホワイトペーパーに書かれている基礎データを使ってリスク許容度5の期待リターンを計算すると7.16%程度となり、そこから手数料率1%を控除するとこの数値になります。
本当は手数料には消費税がかかり1.1%を控除すべきなのですが、「将来予測には税金を含まない」と書かれていることもあり、一致していると考えてよいでしょう。
将来予測シミュレーションで使われているパラメータは、ホワイトペーパーで説明されている通りの期待リターンが用いられていることを確認することができました。
将来予測の実現可能性
それでは最後に、上記に示した25か月間のパフォーマンス検証を振り返ってみて、μ=6%が実際に実現できているのかどうかを確認してみたいと思います。
上記記事では、私のウェルスナビ運用実績に加えて、ホワイトペーパー記載の期待リターンで運用できた場合の運用結果をベンチマークとして併記しています。運用実績がこのベンチマークを上回っていれば、μ=6%が達成できているということを意味します。
25か月時点における私のウェルスナビ運用実績は、ベンチマークに達していませんでした。しかし24か月時点ではベンチマークを上回っていたので、現時点ではおおむねベンチマーク近辺にいると判断してよさそうです。
実はパフォーマンス検証では幾何的ブラウン運動を想定しておらず、6.06%の複利でベンチマークを計算しています(当時の私に幾何的ブラウン運動の知識がなかったためです)。この計算はベンチマークを必要以上に高い値にしてしまっています。
本当はもっとベンチマークを下げてもよいということなので、「25か月時点でおおむねベンチマーク近辺にいる」という評価はもっと改善され、μ=6%の実現可能性はさらに高いものになると判断できます。
(ベンチマークのこの問題点については、次回更新時に修正したいと思います。)
ここまで、ウェルスナビの将来予測シミュレーションのロジック検証と実現可能性評価について説明してきました。最後に、以上の結論をまとめます。
結論:ウェルスナビの将来予測シミュレーションは、ウェルスナビのホワイトペーパーに書かれているデータに従っており、直近25か月の運用実績からも、実現可能性があると判断してよい。