ウェルスナビで測る個別株式の期待リターン

先日の記事で、資産クラス毎の期待リターンを計算する「資本資産価格モデル(CAPM)」について説明しました。このモデルは、各資産クラスの価格変動の特徴(共分散)と、市場での評価(時価総額比率)を元にして、市場参加者がその資産クラスの期待リターンをどのように評価しているのかを逆算するというものでした。

この方法は「資産クラス」にとどまらず、個々の株式にも適用することができるはずです。本記事では、いくつかの個別株式(日本株)を選び、ウェルスナビのポートフォリオも活用しつつ、個別株式の期待リターンを算出することを試みます。

ウェルスナビを構成する資産クラスの期待リターンを求める方法については、以下の記事も参考にしてください。

curvex.hatenablog.com

資本資産価格モデル(CAPM) 

これから個別株式の期待リターンを具体的に求めますが、まずはその方法を簡単におさらいしておきます。

まずは「市場全体」ともいうべき、市場ポートフォリオの期待リターンとリスクを仮定する必要があります。いくら優れた理論であっても、いきなりズバリと答えを出してくれるわけではありません。「市場全体がこう見ているならば、個別銘柄のリターンはこうなりますよ」ということを教えてくれるのが、この理論です。

その市場ポートフォリオの数値ですが、前回記事でいろいろと試行錯誤した結果、ウェルスナビの「リスク許容度3」の値が最も妥当そうでしたので、本記事でもこの値を用いることにします。後に個別株式と市場ポートフォリオの共分散を計算しますが、その際にもウェルスナビの時系列データを用いることにします。

個別株式の期待リターンを求める計算式は以下の通りでした。 

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Fはリスクフリー資産の期待リターンで、前回同様2018年10月から2019年4月までの平均的な米国短期金利である2.35%を使います。

リターンE(R)はウェルスナビの「リスク許容度3」の期待リターンである5.85%、リスクの値σMは8.6%を用います。

残るは、各銘柄と市場ポートフォリオとの共分散を求めればよいということになります。 

市場ポートフォリオと個別株式との共分散

ここから先は銘柄も具体的にして計算を進めていきます。

対象はなんでもよいのですが、ウェルスナビが採用している日欧株(VEA)の構成銘柄から上位3つを選んでみましょう。

それらは「トヨタ自動車」「ソニー」「ソフトバンクグループ」です。他の銘柄が何かを知りたい方は以下の記事も見てみてください。

curvex.hatenablog.com

 

共分散は、過去の株価の時系列データを解析して求めることにします。以下のグラフは、トヨタ自動車の株価と、市場ポートフォリオの資産価格の時系列データを示したものです。市場ポートフォリオとしては、ウェルスナビのリスク許容度3の資産価格(円建て)を用います。

期間は、2017年末からの月次としています。また、配当を考慮せず、単純に資産価格の時系列データから共分散を求めることにします。

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それでは、これら約2年ちょっとの時系列データから共分散を計算し、上式から期待リターンを計算しましょう。

トヨタ自動車」「ソニー」「ソフトバンクグループ」の各銘柄について計算した結果は以下の通りです。

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計算式を見てわかる通り、共分散が大きいほど期待リターンが大きくなります。共分散はリスクに相当する数値なので、「リスクが高いほど、対価として求める期待リターンは高くてしかるべき」というように解釈することができます。計算結果を見ると、トヨタよりソニー、そしてソニーよりソフトバンクのほうがリスクが大きいと市場は評価していることになります。(上記計算は2月末までの月次なので今回の計算には含まれていませんが、ソフトバンクグループはつい先日、1日で20%近く下げる場面がありました。)

さて、これらの期待リターンをどう解釈したらよいでしょうか?個別株投資をするならば、今現在の株価が割高なのか、割安なのかの判断に活用したいですね。その方法をもう少し掘り下げてみたいと思います。

PER(株価収益率)に置き換えてみる

一言で「期待リターン」と言われても、個別株ではどう評価したらよいか悩んでしまいますね。

ここから先はあまり根拠を説明できないので、机上の空論としてお話します。この理論を何の疑いなくそのまま使用されることのないようご注意ください(投資は自己責任で!)。

以下、株価は各企業の税引き後利益に素直に反応すると仮定します。税引き後利益は、配当として配られたり、自社株買いの原資になったり、あるいは内部留保を通じて事業への投資にまわったりします。いずれにせよ、税引き後利益は株主に帰属し、配当プラス株価の上昇という形で株主に還元されます。ということは、税引き後利益「E」が得られる銘柄を株価「P」で購入した場合の当期期待リターンは「E÷P」という式で評価すればよいということになります。 

投資の世界ではP÷Eを「PER」と呼び、株価の割高割安の判断に一般的に用いられています。つまり、期待リターンの逆数が「期待PER」とでも呼ぶべきものになります。

そこで、前項で求めた期待リターンの逆数をとることにより、期待PERを求めてみましょう。これが実際のPERより高いか低いかで、株価が割高か割安かを評価することを試みます。

 

さきほどから登場している3銘柄について計算した結果は、以下の表のとおりです。

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※期待PERは本記事で求めた期待リターンの逆数

 予想PERは、2020年3月24日終値時点での予想PER

 

この結果だけ見ると、トヨタは割安で、ソニーソフトバンクグループは割高という評価になりますね。

トヨタのPERはここ数年約11以下で推移しています。7.4という数値はさすがに売られすぎで、すなわち現在の株価は割安だと思われます。しかし、過去数年でトヨタのPERが11.4まで上がることはなかったため、もしかしたらこの期待PERはやや高すぎるのかもしれません。この指標を元に判断すると、当面の間「売り」のタイミングは訪れない、という可能性も否定できません。

ソニーの予想PERは過去数年、7~19とかなり幅をもって推移していました。平均は概ね13くらいです。そう考えると、10.3という数値はやや過少だと思われます。ずっと「売り」が続き、トヨタの逆で買いのタイミングが見つからないということになります。

ソフトバンクグループはつい最近まで予想PERが6程度で推移していました。それがウィーワーク騒動もあって利益予想が半減したことで、予想PERが倍増してしまいました。ウィーワーク騒動が杞憂に終われば、PER6倍という数値は妥当な水準であると言ええるのかもしれません。ただ最近になって、ソフトバンクグループはウィーワーク支援策の一部撤回を通告、ウィーワークの取締役が法的処置を検討するなど、どうやら混乱は収まりそうもありません。やはり、期待PERは参考にならないかもしれません。

ウェルスナビと個別株投資についてのまとめ

本記事ではウェルスナビのポートフォリオを元にした計算で、個別銘柄の期待リターン、および期待PERを求めてみました。その結果、この指標だけで妥当な株価水準がわかるというほど、単純な結論には至りませんでした。

そもそも、個別株投資はそんなに簡単なものではありませんよね。インターネットなどでよく見かける理論として、「市場平均PERは15程度なので、これ以上なら割高、これ以下なら割安」などといった単純なものもあります。でも、その通りに投資判断をしたら思うような利益にはならないと思います。今回計算してみた理論は、そのようなものよりはずいぶん現実に近いのではないかとも思います。

コア・サテライト戦略でウェルスナビに加えて個別株にも挑戦してみたい、という方はこの方法を一つの目安にして妥当なPERを推定し、割高割安の判断をしていただくことも可能だと思います。個別株投資も、それはそれで楽しいものです。個別株の情報も、できるだけ取り入れていきたいと思っているところです。